ジェファーソンからの手紙

就業・働き方改革、キャリア、組織マネジメント、IT、政治、社会、文化などについて徒然に書きます

【簡易読書感想】「ルポ 中年童貞」に感じる絶望的な恐怖の構造

少し前の本ですが、今でも通じる話なので紹介します。

これは中村淳彦さんの「ルポ 中年童貞」という本に関する読書感想文です。
読書感想文と言うと何やら子供の宿題のようですが、これは書評ではなく「感想」です。 

この作品の描く世界と語られるファクトは本当に恐ろしく、そして現実社会及び、ネット上で散見されるコミュニケーション不全の男たちによる女叩き(いわゆるミソジニー)への見方が変わる、ある種の衝撃を受けました。 

作者の文体が読みやすいこともあり、読むの自体は2,3時間なのでお時間あればお勧めしたいですが、以下感想を書いてみます。 

 


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作者は、AV業界・風俗業界などを取り上げたノンフィクション作品を書いたのちに、一時期介護業を経営した中村淳彦さん。 

「中年童貞」の始まりは、自身が営んでいた介護施設で働くコミュニケーション不全の男を取り上げたことからだ。 

中村氏の言葉によれば、介護業界は政府の重点施策分野であり、実際人手不足であるがゆえに、政府も助成金の活用者介護資格の取得支援・簡素化などを行い、その結果急激に労働者が参入してきた。 
参入障壁が低くなったが故に、氏の言葉を借りれば「社会の底辺」の人口も増えてきた。 

その中でも、特に問題がある人物が目についた。 

・人と会話ができない 
・文字もまともにかけず段取りも考えられずとにかく仕事ができない 
・状況の把握も報告もできず、話している内容が信じられない 
・一方で自意識とプライドが高すぎ、我儘で、根拠のない万能感がある 
・自分より弱いと思えたものには徹底的に攻撃的 
・・etc 

こういう人がいるとただでさえ多忙で過酷な現場は混乱する。 
この、混乱を招く人間達を見てきた結果の共通点が「中年童貞」だというのが、この作品の起点である。 

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この作品の中で、中村氏の定義する「中年童貞」からは、 
・(先天的な)同性愛者 
・(生まれながらの)障害者 
は除外されている一方、本当に性経験がないのかまたは風俗では性経験がある、いわゆる「素人童貞」は区別していない。 

つまり(物理的な制約はないのに)プライベートな人間関係や恋愛で女性と性経験のない中年男性を「中年童貞」としている。 

この作品の中で出てくる中年童貞はどれも、悍ましいほどの歪みを持っていると私には思える。 

・生身の女性に嫌悪感や不潔さを感じ、二次元の女性しか愛せない、秋葉界隈の住人の男 

・「処女であること」に異常なほどの価値を置き、性経験のある女性を嫌悪する男 

・高学歴であることだけが拠り所で、正当な自己評価も相手の女性の気持ちの理解もできず一方的な愛情表現しかできない男 

・大学受験で挫折した後、自己肥大化した万能感と現実の自分とのギャップを調整できず、常に一発逆転を夢見ながらそれもかなわず、最期は童貞であることにコンプレックスを感じながらAV男優に転じるも、そこですらAV女優に相手にされず「気持ち悪がられる男」の役割を与えられ、童貞のまま自殺した男 

旧帝大卒業後全く職場になじめずすぐにその日暮らしの生活に転じ、ネトウヨとしてのネット活動がアイデンティティの維持の命綱だったが、ネトウヨ読書会に参加して知識と頭の良さを女性に褒められて初めて女性とコミュニケーションが取れたネトウヨ童貞男 

・10年以上婚活パーティー参加しながら誰にも相手にされず、そのくせ希望のタイプに一流芸能人を挙げる童貞 

・一部上場企業のSEとして働くも、周囲とコミュニケーションが取れず、出世は後輩にどんどん追い抜かされ女性にも相手にされず、社会から承認されない現実と自意識とのギャップ解決のために『後天的な』同性愛者になることを選択した男 

・中卒後ずっと単純労働を繰り返したまま、ある日「介護」と言う美名に惹かれて介護業界に入り、仕事もできず、ずっと母親に作文の宿題を書いてもらったため小学生レベルの作文力と漢字力もないため介護日報すら満足に書けず、その癖「ヘルパー2級を持つ」だけがプライドの源泉で、自分は仕事ができると思いこみ、仕事を外されても「自分はできる男だから雑用から免除されている。現場が混乱しているのは周りが無能だからだ」と思い、後輩に攻撃的で、ただ現場を混乱させる男 

・・・・・どれもみな恐ろしい事例紹介だ。 
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よくネット上で散見される「女叩き」はどれも私には馬鹿の論理だと思えていた。 
例えば「男女雇用機会均等法が男性の婚期を奪う」「女に権利を与えるから悪いんだ」etc 

いずれも何を言っているのかすらわからなかった。 
しかし、「中年童貞」と言う現象が昔はほぼ存在しなく、今クローズアップされるのはまさに上記の理由だ、とも思えた。 

そもそも、女性にまともな権利がない時代には女性に経済力が無かった。 
だから、女性は結婚して男にすがる以外の生活手段の確保が極めて難しかった。 

男は稼いで所帯を持ち跡取りを設け、女は男にすがる時代には 
地縁が勝手にお見合いを設定したため、「自由恋愛」以外の結婚方法があった。 

もっと旧時代かつ閉鎖的な地域では夜這いの風習があり、筆おろしを担う女性が地域にいた。 
だから、旧時代の社会構造では、地縁に属していれば「中年童貞」にはなり得なかった。 

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しかし、男女同権の時代は女性にも選ぶ権利が発生する。 
女性側の経済的な制約も(実態の不平等派ともかく)理論上は無い。 
自由恋愛の時代だ。 

自由恋愛の時代に大事なのはコミュニケーション能力である。 

「所詮女はイケメン」は真実じゃないとは思う。 
一方で、コミュニケーション能力がない男に対して女性は残酷なまでに恋愛対象から除外する傾向が強いのも事実だと思う。 

男女平等と自由恋愛の時代は、昔なら社会の仕組の中で救済されていたコミュニケーション不全の男を残酷なまでに恋愛フィールドから除外し、「中年童貞」と言う存在に追い込んでいる。 

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この作品の中で特に目を引いた考え方がある。 
「中年童貞は社会と言う羊水の中にいる」 

上述の、介護業界の男が例だが、 
ずっと母親に何もかも面倒を見てもらいながら中年になった男は、職場でも「自分は特別な存在」「自分が何かをできなくても誰かがやってくれて当然」「悪いのは自分以外」と言う意識の中でいる。 

社会を羊水と考えるという思考、これは恐ろしいことです。 

女性とその母親との関係で、「毒親」と言う言葉があります。 
子供に過干渉する母親は子供にとって毒であるという意味です。 

この作品の中の言葉なので、正誤の疑義や反発の意見はあるでしょうが、作中の中の解釈を私なりにまとめると以下になる。 

・娘が毒親たる母親に反発するのは、女性は社会から早々に母親になることを求められる。 
・つまり、いつまでも子ども扱いされることと、母性を持つことの両方を求められるのは矛盾。 
・その矛盾の解消のため、娘はやがて毒親に反発する 

ところが、男の場合、社会的に親になることが中々求められない。 
つまり、いつまでも子供のままの男で居続けられてしまう。 

故に、社会を羊水と思い、ずっと子供のままでいる男が存在する。 

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これも、正誤の疑義や反発の意見はあるでしょうが、 
男は母性的な意見ではなく、父性的な存在の言うことを聞くと作中は語る。 

昔は、本当の父親が(経済的な背景などで)権威があったでしょうし、 
長期雇用に基づく家族的な職場の中では父性的な上司や先輩がいて、その人たちの厳しい言葉が男性を自立させたのかも知れない。 

しかし、雇用形態の変化は長期雇用を前提としてない契約に基づく短期な人間関係を生むし、そもそも上司や先輩が男性とは限らない。 

社会構造の変化は、中年童貞をいつまでも羊水の中から救えないのかもしれない。 

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この本の恐ろしさは二つあります。 

一つは、「これはもしかしたら僕だったのかもしれない」と言う恐ろしさである。 

・僕の父はほぼ家庭に存在しない人だった。 
・僕自身、少なくとも10代、20代は今よりもはるかに人とのコミュニケーションが苦手だし、自意識が強かった 
・僕も進学校から大学受験は失敗した口です 
(まともに努力してないのだから失敗も何も言う権利もないのにね) 
・若いことは今より遥かに、根拠なく頭の良さや知識に無意味な自信があった 
(実際、全然頭良くないのにね) 
・10代の頃の頭の中と知識って、今のネトウヨ史観的なものが強かったです 
(当時ネットなんか一部の人しか使わない時代でよかった) 
・キャリアのスタートが一部上場企業のSEと言うのも、事例と合致する人いましたね 
(安月給・残業前提の会社でした。その後、早々にキャリアを転じたのは単なる運と機会です) 
・異性には大してもてませんでしたが、同性愛者にはもてました 
(カミングアウトは受け入れた上でお断りしてましたが) 

・・・・・ちょっと生き方がどこかでズレると、僕がここで出てきた人と同じ道歩んでいてもおかしくなかったかもしれないという怖さです。 

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もう一つの怖さ。 

それは、「社会構造は中年童貞の都合のよいようには変わらない」と言う、当たり前の怖さです。 

当然ですが、今更男女同権は逆行しません。 
女性は男性同様に経済力を持つ自由と権利があります。 

まして、夜這いの風習なんて復活しませんし、女性にその役を担わせる地域も新たに生まれません。 

中年童貞達に、女性たちがみんな優しく接してあげ、 
どうすれば女性とコミュニケーションを取れるのかを優しく根気強く教えてあげれば彼らは変わるのかもしれません。 

中年童貞の内、女性叩きに走る人は、そうしないと自分の存在価値や自意識・誇りの崩壊が起きる恐怖の裏返しであり不安の打消しとストレスの解消、そして女性と言う存在への恐怖からの逃避なのかもしれません。 

女性が優しく接してあげればそれらが全て消えるかもしれません。 

でも、女性にそんな義理も義務もありません。 
当たり前です。 

彼ら自身が変わるしかないのです。 
変わろうと思うしかないのです。 
そして、変わり方を自分で探り、獲得するしかないのです。 

どうすればそうなるのか私には分かりません。 
理屈や正論をぶつけても、それで変わるわけではないのです。 

羊水から自立できるかは自分次第です。 
ただ一つ言えるのは、羊水は永久に存在はしてくれないのです。 

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